IIDX 1st style稼働~音ゲー界の高級車
“ビートのモンスター”始動
AMショー'98とAOUショー'99の二度にわたり出展されていたbeatmania IIDX(以下、IIDX)が遂に正式に稼働した。当時はDDRが大ブームとなっており、BEMANIの名を冠すれば大ヒット間違いなしとされていた時代である。
ところが、IIDX(後に1st styleと呼ばれる)は稼働前からゲーメスト誌で酷評されていた。「斬新さが無い」「1P側のターンテーブルが逆」「プレイ料金が高い」…これらの懸念は現実のものとなってしまう。BEMANIシリーズというだけでヒットが約束されていた時代は終わりを迎え、IIDX 1st styleは稼働直後から苦戦を強いられることとなる。
現在ではビーマニシリーズのフラグシップとなっているIIDXが、なぜ苦戦してしまったのだろうか?
IIDXは高級車?
1999年2月26日、IIDX 1st styleが稼働した。当時は五鍵ビートマニアの総集編としてcomp1が稼働していた時期であり、巨大な筐体に7個の鍵盤が配置されたIIDXは、五鍵ビートマニアの上位バージョンであることが一目で分かるデザインで、設置された店舗では圧倒的存在感を放っていた。
IIDX 1st style公式サイトトップページより。当初はキャラクターという概念が無く、IIDXのビジュアルイメージは筐体そのものであった。
キャッチコピーは「時代を震わす鼓動を刻め」。ポスターでは「“ビートのモンスター”始動」という謳い文句で、巨大で豪華な筐体を前面に押し出している。
VJ GYO氏は当時を振り返り、IIDXは「ビートマニアの豪華版」というコンセプトで企画されたと語っており、当初からデラックス版を前提として企画されているようにも読み取れる。つまり、スタンダード版のbeatmaniaII(国内版は未稼働)は、後付けで考案された可能性もあり得る。
また、GYO氏は開発段階のIIDXには「某高級車のようなネーミング」が付けられていたという証言も残している。
ついにbeatmaniaIIDX(3rd style)が家庭用(PS2版)として発売になりました。
一枚のDVD-ROMに収められたIIDXを手にすると、beatmania(当時は2nd MiXが稼動中)の豪華版として企画が持ち上がった、IIDX(当時は仮称で某高級車みたいなネーミングが冠せられていました)制作立ち上げの顔合わせミーティングにワクワクドキドキしながら参加した、新卒入社して間もない約2年半前のあの日から今までのことが鮮やかに浮かび上がって、頭の中を駆け巡りました・・・
IIDX 4th style公式 FROM STAFFS(VJ GYO)
「某高級車」との情報しか残っていないIIDXの開発初期のネーミング。いったいどのような名前だったのだろうか…
このように、IIDXという企画は「ビートマニアの豪華版」という位置付けで開発されており、制作コストも筐体価格も五鍵ビートマニアと比べて高めに設定されていた。
当時、コナミスクール実践課程の研修生でありながら制作現場を任されていたTAKA氏は制作当時の様子を次のように語っている。
TAKA氏:この時のIIDXシリーズの位置付けって、「売れなくても構わないから、とにかくゴージャスで目立つものをアーケードに放つんだ!」という感じでしたね(笑)
アルカディア 2008年2月号 サウンドディレクターが語るBEMANI楽曲の変化と進化
BEMANI初の失敗作?失速するインカム
IIDX 1st styleのインカムは稼働直後から厳しかったようだ。業界誌「アミューズメント産業」に毎月掲載されるインカムランキングによると、1998年3月は稼働直後にも関わらずランキング圏外で、4月にランキング初登場3位となるものの、5月は再び圏外となってしまう。6月は8位に再浮上したものの、同誌のコメント欄では「売り上げが低調気味だ」と評されている。7月は16位となった(8月以降はsubstreamが稼働)。
「アミューズメント産業」のインカムランキングより、1999年4月のインカムを100%とした場合のインカム推移。グラフの無い月は圏外。
一方でこの時期は音楽ゲーム全体のブームが一段落してきたという見方もあり、IIDXもこの流れの影響を受けてしまった可能性があることは留意する必要があるだろう。
しかしながら、稼働直後の一番注目を集める時期にインカムランキング圏外という状況は、これまでのBEMANIシリーズではありえなかった事態であり、早急に対策を講じる必要に迫られたのである。
最近のロケーション運営を支えてきた音楽ゲームも失速気味、景品も"たれぱんだ"人気が落ち着きつつあり、「夏商戦に向けて、目玉商品が無い」状況。
アミューズメント産業 1999年7月号
一時代を築いた音楽ゲームもここへ来て一息という感じで、今月のランキングでは昨年10月(9月中旬調べ)以来、製品は変われど1位を独占し続けた"ビーマニシリーズ"がついに首位の座を明け渡した。そして、堂々初登場1位となったのは、同じコナミの「サイレントスコープ」。
アミューズメント産業 1999年8月号
IIDX 1st styleは何故失敗したのか
IIDX 1st styleのインカムが伸びなかった原因は何だったのだろうか?先ほど紹介したGOLI氏のX(twitter)では「七鍵盤の難しさ」が挙げられているが、他にもいくつかの可能性が考えられる。
7つ鍵盤の威圧感!初心者お断りオーラ
普段からIIDXに慣れ親しんでいる方々は気にならないだろうが、IIDXの筐体は巨大である。この時代は五鍵ビートマニアが絶賛稼働中であり、並べて置かれているのを見るとIIDX筐体の巨大さボタンの多さはより際立ち、初心者を寄せ付けないオーラを放っていた。
電撃王1999年3月号の記事。IIDXがお披露目された際に、ゲーム雑誌等は「鍵盤が増えた」「巨大な筐体」と報じている。裏を返せば、「操作が難しそう」「五鍵よりも近寄りがたい」という印象を与えてしまうおそれもある。
制作サイドは、上級者向けというよりビートマニアの豪華版という位置付けで企画しており、鍵盤を増やすことは「譜面の多様化」が主目的であって、決して難度が高いことをアピールするものではなかった。
五鍵盤と比べ判定やグルーヴゲージの増減量も甘くなっており、鍵盤を増やすことで著しく高難度なゲームにならないような配慮は見受けられる。
しかし、これらはIIDXに関心を持ち、実際にプレイして初めて分かる配慮であって、そもそも筐体の放つ威圧感から敬遠してしまった人も多かったと思われる。
「五鍵ビートマニアの上位バージョン」という印象を持たれてしまうと、IIDXをプレイするのは「五鍵ビートマニア経験者の中でも、一部の高みを目指す人」に絞られてしまう。
客層が限定されてしまうと、必然的に五鍵ビートマニア以上のヒットを狙うことは難しくなってしまうし、実際にゲーメストレビュワーからは「スーパーマニアを対象にしたゲーム」と評されている。
五鍵経験者にもハードルが高かった?
稼働直前のゲーメストレビューで多くのレビュワーが批判していたのが「1Pサイドのターンテーブルの位置が逆」という問題である。
五鍵ビートマニアでは1P・2Pサイド共に鍵盤の右側にターンテーブルが配置されており、二人でプレイする場合もプレイサイドによる違和感は少なかったのだが、IIDXでは1Pサイドでプレイする場合、操作感が大きく変わってしまうのである。
制作スタッフのコメントによれば、この配置はダブルプレイでの遊びやすさを想定したものであり、シングルプレイ時もプレイしやすい方を選択できるというメリットがあると語っていた。
しかし、当時IIDXに触れるほとんどのプレイヤーは五鍵経験者だったため、1Pサイドでプレイするメリットはほぼ無いに等しかった。当時はビートマニアを二人プレイするプレイヤーも多かったため、筐体の回転率にも悪影響が及んだと考えられる。
また、初期のIIDXは、五鍵プレイヤーが馴染みやすいように、6鍵・7鍵にノーツが降ってこない五鍵譜面のベタ移植や「5KEYSモード」が搭載されていた。
ところが、初期IIDXの5KEYSモードは「1P・2Pサイド共に6鍵・7鍵を使用しない」という仕様であり、2Pサイドでプレイした場合は5鍵とスクラッチの間に使用しない鍵盤が存在するため、プレイ感は五鍵筐体と大きく異なる。
先に述べたように、五鍵ビートマニアを経験したプレイヤーの多くは2Pサイドを選んでいたことから、この影響は大きかったものと思われる。
IIDX 1st styleを2Pサイドで5KEYSモードにてプレイするとこうなる。IIDX筐体は五鍵盤筐体と比べて鍵盤とスクラッチとの距離が離れているが、「6・7鍵を使用しない」という仕様により更に距離が離れることとなる。
後のバージョンでは、2Pサイドで5KEYSオプションを使用した場合「1・2鍵を使用しない」という仕様に改善されている。
1クレ3曲300円、強気の価格設定
初代IIDXといえば1クレ300円という価格設定が有名である。また、当時のDPは「二人用を一人で遊ぶモード」という位置づけのため2クレ投入する必要があり、IIDXのDPは1プレイ600円必要ということになる。
なお、DPを1クレで遊べるいわゆる「ジョイント設定」が搭載されたのはIIDX12 HAPPY SKY以降である。
ただし、実際のところは、稼働当初から1クレ200円設定で運用する店舗も多かったようだ。業界誌「アミューズメント産業」(1999年5月号)のインカムランキングでは、集計対象店舗でIIDXを設置している5店舗のうち、300円設定が2店舗・200円設定が3店舗と記されている。
また、DPの価格設定については「SP300円/DP500円」や、「SP200円/DP300円」といった店舗もあり、必ずしもSPの2倍の料金設定だったというわけではない。
アミューズメント産業 1999年5月号より。集計対象店舗が都内13店舗と少ないものの、これを見る限り、1クレ300円設定の店舗ばかりではなかったように見受けられる。また、五鍵comp1も1クレ200円設定で運用している店舗の方が多いようだ。
デフォルトの設定では、五鍵ビートマニアは1クレ4曲プレイ可能だが、IIDXは「1クレ3曲+一定条件でエクストラステージ1曲プレイ可能」となっているため、初心者は3曲しかプレイできない。
エクストラステージ進出条件は、収録曲の中でもトップクラスの難度である「GRADIUSIC CYBER」「LUV TO ME(disco mix)」「celebrate」のいずれかを3曲目でクリアするというものでありハードルが高い。
現行バージョンではVディスクが存在するため、消費することでエクストラステージへ容易に進出することが可能だが、この仕様はIIDX21 SPADA以降に導入されたものであり、当時は存在しなかった。五鍵ビートマニアに慣れたプレイヤーであっても、IIDXに慣れるまでは1クレ3曲で練習を積み重ねるしかなかったのである。
また、当時は初心者救済になるプレイ保証なども無く、1st STAGEでLV1の譜面をクリアできなかったとしても容赦なくGAME OVERとなってしまうことから、プレイ料金の高さも相まって、現在と比べるとかなり敷居が高かったのである。
EX進出条件曲の中で最も難易度が低いとされる「celebrate」の終盤。1st styleにはHI-SPEEDが存在しないため、NOTES TIME(緑数字)1305でのプレイとなる。当時の五鍵正規譜面では存在しなかった隣接同時押しも多用されている。
初代爆発は見づらい?歪められた真実
現在のアーケード版及びINFINITASで実装されているカスタマイズ「爆発(初代)」(いわゆる1st爆発)は、1st styleの爆発と似た形状ではあるものの、残留時間が2倍以上で透過度も低く、本物の1st styleの爆発と比べて大幅に視認性が悪くなっている。
上がIIDX(1st)実機の爆発、下が現行バージョンで設定できる爆発カスタマイズの「初代」。爆発が発生してから消えるまでのフレーム数は、初代実機(上)は9Fだが、カスタマイズ版(下)は21Fと倍以上滞留する。
IIDXのRESIDENT誕生
「売れなくても構わないから、とにかくゴージャスで目立つものをアーケードに放つんだ!」という意気込みで世に出されたIIDX 1st styleだったが、想像以上の苦戦を強いられたのか、インカム対策のために急遽IIDX Ver1.5としてsubstreamを制作することになる。
substreamの制作期間は2ヶ月間という短期間の突貫工事で、1999年7月27日に稼働している。2nd styleの稼働日が1999年9月30日なので、substreamの稼働期間は僅か2ヶ月間だけなのだが、それでも制作する必要に迫られていたのだろう。
◆substream & club version 2
初仕事。「2ヶ月以内にゲームにして」が新人に与えられた使命。
IIDX26 ROOTAGE公式 NEW SONG "R∞tAge"(GOLI氏)
substreamの開発にあたり、nagureoこと南雲氏はサウンドディレクターの座をTAKA氏に譲っている。以前の記事でも述べたように、TAKA氏はKCEスクールの研修生として1st styleの開発現場に参加しており、スクールの課題曲として作成した「GRADIUSIC CYBER」が1st styleに収録されただけの状況である。つまり、社員ですらなかったのである。
substreamのサウンドディレクターに就任するにあたり、TAKA氏はKCEスクールの課程をスキップして卒業扱いとなっている。TAKA氏はコナミ入社直後の初仕事としてIIDXの立て直しに挑むことになったのである。
2nd styleの5KEYSモードの選曲画面。背景の左下には「RESIDENT TAKA」「GUEST nagureo」と書かれている。TAKA氏がサウンド面のトップを担っていたことが分かる。
稼働直後から危機的状況を迎えていたIIDX。新入社員として、スクール生から抜擢されたTAKA氏と、クラブフライヤーのデザイン経験を持つGOLI氏が加入し、substreamの開発が始まる。果たして、若すぎる製作スタッフたちはこの危機を乗り越えることができるのだろうか?
数々の危機を乗り越え、ビーマニシリーズの旗艦となるのはまだ先の話である。
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