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1998/07家庭用ビートマニア発表

 ゲームセンターで2ndMIXが大ヒットしている1998年夏、ついにプレイステーションへの移植が発表された。移植発表のスクープを報じたのはファミ通であるが、初の移植・専用コントローラー同時発売ということからも分かるように、この家庭用移植はアーケード版稼働前から進められていた。家庭用ビートマニアが発売されるまでの経緯を見ていきたい。

「家庭用を作らせてください」

 ビートマニアの家庭用移植の歴史は、アーケード版1stMIXが初めて参考出展されたAMショー'97(1997年9月18日~)まで遡る。まだビートマニアが稼働する前の段階で「家庭用を作らせてください」とコナミ上層部に頼み込んだ人物がいた。小島秀夫氏である。

 1995年の阪神大震災で神戸の開発部門が被災してから、コナミは全国各地に分社化した開発会社を設立し始めていた。その中の一つであるKCEジャパンを率いる小島氏は、過去にMSX2で発売されたステルスゲーム「メタルギア」の新シリーズ「メタルギアソリッド」を開発していた。

しかし開発に時間を要する中で一刻も早く経営を黒字化させる必要があり、様々なタイトルを開発していく中で、小島氏が注目したのが「ビートマニアの家庭用移植」であった。

 AMショー'97の段階では、多くのゲームメディアはまだビートマニアに注目していなかった時期であるが、小島氏は上層部に直談判し家庭用移植の権利を手に入れていたのである。

独立当時はちょうど『MGS』の開発中で、リリースまでにあと2年ほどかかる状況でした。でも、経営的には一刻も早い黒字化が求められる

『ポリスノーツ』のシステムを使って『ときめきメモリアルドラマシリーズ』をつくったり、『beatmania(ビートマニア)』をコンシューマー向けにリリースしたりしたのはそのためですね。

とくに『beatmania』はアミューズメントマシン・ショーで偉い人に「家庭用をつくらせてください」と頼んで…。100万本も売れたのでガッツポーズでしたね。

すべては『MGS』を出すためでした。会社を赤字にするわけにはいかなかったんです。

livedoor NEWS"日本に本物のクリエイターはいるのか? 小島秀夫監督が「作家性」にこだわる理由"
ひでおぉぉぉぉー!

ファミ通がスクープ記事を掲載

 ファミ通1998年7月17日号では「緊急速報」としてビートマニアのプレイステーション版移植を報じている。この段階で発売日が1998年9月24日であること(実際は10月1日発売となった)、PS版オリジナル曲が8曲収録(実際は9曲)されること、専用コントローラーが同時発売であることが決定している。

アスキーコンきたぞ!

ファミ通1998年7月17日号。本作の遊び方と、収録ジャンル(AC曲のみ)の簡単な解説が3ページに亘って掲載されている。

ナンパ道具扱いされてるじゃねーか!
「アディダスを着てたらヒップホップ」ビデヲゲーム通信のノリを感じる…「スカは難しいスカ!?」
どうでスカ~?

家庭用移植に対する考え方

 アーケードゲームの家庭用移植については、往々にしてゲームセンターの利益と相反するという問題点を孕んでいる。

 しかしビートマニアの家庭用移植については、家庭移植による相乗効果の方が大きいと判断。「ギャラリーに見せる」という要素を考慮し「自宅で練習してゲーセンで披露する」というスタイルを想定し、早めのタイミングで家庭用移植を行っていく方針を示している。

これまで業務用ゲームを家庭用ゲームに移植するのには、「ゲームセンターの客が奪われてしまうのではないかという心配があり、消極的だった」(木戸常務)

しかし、ビートマニアの場合、「業務用と家庭用で客の取り合いをするのではなく、お互いの売り上げを伸ばす相乗効果の方が大きいと判断した」(木戸常務)。家庭用ゲームで腕を磨き、上達したらゲームセンターでその腕前を披露するといった、「見せるゲーム」ならではの遊び方を想定したのだ。

日経ビジネス 1999年2月15日号

ただしゲームセンター経営者保護のために、家庭用の新バージョンが出るのは四~五ヵ月ほど後になる。家庭で練習し、うまくなったと思ったらまた新バージョンが出てくる。この追いかけっこが家庭とゲームセンターを結ぶことになり、相乗効果を生むことにつながっている。

またこれは、子どものゲームに親を引きずり込むことにもなった。

JAL機内誌 Agora 2000年6月号

 これらはコナミに対するインタビューであるが、一方でオペレーター側からは(ビデオゲーム全般に関して)このような意見も出ていたようだ。

基盤タイプのビデオゲーム低迷に関して、以前から「コンシューマへの早すぎる移植」が挙げられているが、その傾向は一向に改まらない。

「メーカーは家で練習して、ゲームセンターで本番というが、そういう人がどれほどいるか疑問」。

アミューズメント産業 1999年4月号
家で練習してゲーセンで本番、ゲームに対して部活みたいに真正面から取り組んでもらわないといけないのでだいぶキツイ
音ゲーはそういう層をがっつり取ったので強かったのかもしれない…

CSスタッフ誕生

 家庭用ビートマニアは10月1日に発売。国内累計出荷本数は100万本を超えるミリオンヒットを記録した。発売直後に発行されたKONAMI magazine VOL.9では家庭用ビートマニアのオリジナル楽曲のうち6曲を紹介している。

KONAMI magazine VOL.9では、藤後氏が手掛けた楽曲について自ら解説。MGS1の宣伝も抜かりない。

アーケードでも大人気稼働中の「beatmania2ndMIX」の曲が収録された「ARCADE DISC」がコアでマニアックな魅力の楽曲が多いのに対して、PS版オリジナルの「APPEND DISC」は全体的にポップ寄りな雰囲気の選曲になっている。

「SKA」「HARDTEKNO」のような超ムズカシイ曲は収録されていないので、熟練のbeatmaniaマニアには少し物足りないかもしれないけど、友達同士やカップルでワイワイとプレイするにはピッタリ。ぜひ2Pでプレイすることをお奨めします。

コメント:PS版「beatmania」composer&sound directer トーゴヒロユキ

KONAMI magazine VOL.9
Togoシェフじゃないか!
2人で遊ぶことを推奨してプレイヤー増加を狙ってるな…
「CS曲はAC版の隙間産業」ってスタンスが既に確立されてる!

 家庭用楽曲のほとんどはKCEジャパン所属の藤後浩之氏が手掛けており、外注としてTOMOKI HIRATA氏による楽曲が2曲収録されている。後に発売されるPS版の攻略本には氏のインタビューが掲載されており、短いインタビューではあるものの、音楽ゲームに触れたプレイヤーがDTM等で活躍しマーケットを拡大させていくことを予見している。

─こういった音楽ソフトの可能性についてどう思いますか?

TOMOKI HIRATA:音楽ゲーム・デジタルミュージック-DTMは、横一線でつながっているので、進化を繰り返しながらマーケットは広がっていくと思います。

─ユーザーに向けて、何か一言お願いします。

TOMOKI HIRATA:このゲームに触れて音楽を作っていこうとする若いクリエイター及びDJが増えてくれればいいと思います。

ビートマニア公式ガイド
当時は、あたり障りのないコメントに見えたけど、今読むと感慨深い…

双歯車に廻る夢

 そして今後の家庭用ビートマニアもKCEジャパンが制作していくことになる。もし、AMショー'97の段階で小島秀夫氏が家庭用の制作権を直談判しなかったとしたら、家庭用移植は他の子会社によって行われたか、最悪の場合移植されなかったのかもしれない。

 また、家庭用チームのTogo氏、後に加わるL.E.D. LIGHT氏はいずれもKCEジャパンの所属であり、小島氏の選択はビーマニシリーズの歴史に大きく影響を与えていることは間違いないだろう。

ギタドラって略称を考えたのも小島監督だっけか?
でも結局、MGSの資金作りでビートマニアを移植したんだよね?
お前のおかげで俺はひとつの歴史を残せた
誰だ!
お前もひとつのジャンルを創り、歴史を残した
お前は資金源なんかじゃない。俺達は二人でメタルギアだ
!!

 詳しくはこちらをご覧下さい。